母のようにならず生きていく。経済的自立だけじゃない「自分の意思」で選択するために
“子どもを持たないこと”を選択した既婚女性への匿名インタビュー連載「母にならない私たち」。その決断をした理由や、夫との関係性、今の心境など……匿名だからこそ語れる本音とは?
結婚するかしないか、子どもを産むか産まないか。女性に選択肢が増えたからこそ、悩んでしまう時代。本連載では、子どもを持たないことを選択した既婚女性に匿名インタビューを実施。 「どうして子どもを持たないことを選択したの?」「パートナーとどう話し合った?」「ぶっちゃけ、後悔してない?」……などなど、顔出しでは言えないような本音まで深掘りします。聞き手は、自身もDINKs(仮)のライター・月岡ツキ。
大手メーカーの総務として働いている今井莉実さん(仮名/27歳)。幼少期、専業主婦の実母は莉実さんをワンオペで育てる中で精神疾患を発症し、「あなたを産んだせいでこんな身体になった」と言われてしまった経験がある。
会社の同期である夫と結婚し、安心できる家庭を手にしたものの、会社のキャリアパスで「女性だから」「子どもを産むかもしれないから」という属性による壁を感じていて……。
母のようになりたくない。経済的自立のため大手に就職したが……
母の生き方を間近で見て育った私は、本当に小さい頃から「とにかく経済的に自立しなきゃ」という思いを人一倍強く持っていました。
良い大学に入って、良い会社に就職して、自分の力で人生を切り拓いていくんだ、と。母のように、誰かに依存しなければ生きていけないような状況には、絶対になりたくなかったんです。その一心で勉強も頑張りました。
ありがたいことに、希望していた大手のメーカーに就職することができて、今は総務の仕事をしています。大変なことも多いですけど、仕事そのものにはすごくやりがいを感じていますし、これからももっともっとキャリアを積んでいきたい、成長していきたい、という気持ちは強いです。
でも、ここにもやっぱり「女性だから」という見えない壁が立ちはだかっているのを感じるんです。
同じくらいの年齢の男性社員は、結婚したり、子どもが生まれたりすると、「よし、一家の大黒柱としてこれからもっと頑張れよ!」なんて上司から発破をかけられて、責任のある仕事を任されたり、キャリアアップのチャンスを与えられたりするのを何度も見てきました。
でも、私にはそういう声はかかりません。むしろ、「そろそろ子ども考えてるんでしょ? 無理しないようにね」なんて、勝手な憶測で私のキャリアパスが閉ざされてしまうような、そんな空気を感じることばかりで。
「女性社員のロールモデル」は時短ママ社員?
会社が「これがうちの女性社員のロールモデルだよ」と示してくるのは、例えば時短勤務で子育てと両立しながら、主にサポート的な業務をこなしている社員たち。
もちろん、そういう働き方もすばらしいと思います。でも、私が目指したいと思っているような、もっと上のマネジメントのポジションには、女性社員はほとんど見当たらない。それが、今の会社の現実です。
私がいるような大手メーカーは、社員は全国転勤が当たり前という業態なので、余計に女性管理職が少ないのかもしれません。
でも私は「もっとキャリアを積んでいきたいです」「いろんな経験をしたいです」とはっきり会社に伝えているんです。それなのに、「そのうち子どもを産んで仕事はセーブするだろう」と勝手に決められている。本当に悔しいです。
男女でこんなにも、キャリアに対する期待値や用意される道が違うのかって。私の場合は夫も同い年で同じ会社に勤めているので、余計にその差をまざまざと見せつけられるんです。
彼が評価されて、新しいプロジェクトに抜擢されたりするのを見ると、素直にうれしい反面、「もし私が男だったら、もっとチャンスがあったのかもしれない」なんて思ってしまうこともあります。
今の会社で私が望むようなキャリアを築いていくのは、正直かなり難しいと思い、現在転職活動中です。もっとフラットに評価されて、女性でもどんどん上を目指せるような環境に身を置きたいです。
これからは納得できる選択を、自分の意思で
もし、母が家庭以外にも何か自分の世界を持って、生き生きと輝いていたら、私の人生も少しは違っていたのかもしれないな、なんて思うこともあります。
母がもっと自分の人生を楽しんでいたら、私に対してあんな言葉をぶつけることもなかったのかもしれない、とか……。
だからこそ、私のこれからの人生は、自分の意思で選び取っていきたいです。
今が27歳で、キャリアのことも子どもをどうするかも、悩みが尽きません。これまでは、どこかで「良い大学に入れば」「大きな会社に入れば」という、世間一般で言われる「当たり前」みたいなものに、知らず知らずのうちに流されて生きてきたような気がします。
たしかにそれなりの大学に行って、それなりの会社に入ったことで得られたものもたくさんあります。でも、本当に自分で納得して一つひとつの選択をしていたか? というと、そうではなかった。
息苦しかった実家から逃れるために、母のようにならずに生きていくために、世間的に「良い」とされるルートを選んで必死にやってきたんだと思います。
信頼できる夫と出会って、安心できる家ができて、やっと自分の人生を自分で決められる段階まで来たので、ここからの人生を楽しんでいきたいです。
子どもについても、現時点では全く前向きには考えられていませんが、年齢的に可能性が0とも断言できません。でも、「周りが産んでいるから私も」と思うのではなく、自分が本当に心から納得できる選択ができたらいいなと思っています。
インタビュー後記(文:月岡ツキ)
「出産は命懸け」と言うけれど、子育てだって命に関わることなのだなと、莉実さんの母の話を聞いていて改めて思った。
ひとりで育児に忙殺される中で、うつ病とパニック障害を患ってしまった莉実さんのお母さん。「あなたを産んで育てたから、私はこんな身体になったんだ」という言葉は、絶対に莉実さんにぶつけてはいけないものだったけれど、他の誰にも気持ちを受け止めてもらえずに、追い詰められてしまった莉実さんの母だけを責めることもできない。
そこには「仕事に忙殺されて家に帰ってこられない父」や「男性社員を深夜まで働かせて家庭から遠ざけている企業」、「それを容認している社会」の責任もある。それらのしわ寄せが母親と幼い子どもを追い詰めて傷つけ、その傷はずっと残り、完全には治らない。
そして、「男は家族を養う大黒柱になって一人前」「女は結婚したら子育てと家事をするもの」という社会通念は、大人になった莉実さんのキャリアパスも邪魔している。母も娘も、子どもから大人まで、元を辿れば同じものに苦しめられているのだ。
莉実さんの話を聞いて、「27歳なんてまだ若いのだから、そのうち子どもが欲しくなるよ」と言いたい人もいるかもしれない。
しかし、莉実さんと話していて、これまでの人生でさまざまな苦難があったぶん、人よりも濃密に人生について考えてきたのだろうな、という印象を受けた。
どうか、莉実さんが考えて決めるこれからのさまざまな選択が、もう誰にも邪魔されないでほしいと願っている。
(取材・文:月岡ツキ、イラスト:いとうひでみ、編集:高橋千里)
※この記事は2025年06月04日に公開されたものです